20261003横浜中華街

 

まずは言い訳から(笑)。この写真を撮る前、2台あるカメラのうち1台に電池を入れ忘れていました。しかも後で見返したら、枚数も少なく画質も悪く……。

 

 

あまけにだ、Googleマップ使っても目的の横浜関帝廟までたどり着かない。のちほどリンクで示すが歴史的経緯により、道路が東西南北から45ドずれているのだ

 

googleマップを使っても目的地にたどり着けない!横浜中華街の「45度の罠」

 

横浜関帝廟(Google マップ) を目指して歩いているのに、なぜか道に迷ってしまう――。実はこれ、あなただけのせいではありません。 [1, 2]

 

歴史的な経緯を紐解くと、横浜中華街の一帯は、周辺の新しい道路や海岸線に対して綺麗に約45度斜めにズレた区画をしています。幕末の開港前、この場所は「横浜新田」と呼ばれる水田(田んぼ)地帯でした。その後、街区が整備される際に当時のあぜ道や排水路の向きがそのまま道路のベースとして引き継がれたため、周囲の近代的な碁盤の目(海に平行・垂直な道)との間に45度のギャップが生まれてしまったのです。 [1, 2]

 

東西南北の感覚が狂いやすいこの迷宮のような街で、西門(延平門)と東門(朝陽門)、北門(玄武門)と南門(朱雀門)をそれぞれ結んだ十字の交差点のちょうど中心に、目的地の関帝廟はひっそりと、しかし鮮やかに佇んでいます。

 

 


 

Googleマップも狂う迷宮。関内駅から歩く、横浜中華街「45度の罠」

 

[関内駅(Google マップ)] を降り、[横浜スタジアム(Google マップ)] を横目に眺めながら中華街へと向かう。中華街のエリアに入る直前までは、どこにでもある至って普通のオフィスビルが立ち並ぶ風景だ。しかし、ひとたび鮮やかな中華街の門(牌楼)をくぐり抜けると、そこからはまるで別世界。目的地である [横浜関帝廟(Google マップ)] を目指して、迷宮のような中をさまよい歩くことになる。

 

Googleマップを頼りにしているのに、なぜか道に迷ってしまう――。実はこれ、歴史的な経緯が原因だ。横浜中華街の一帯は、周辺の道路や海岸線に対して綺麗に約45度斜めにズレた区画をしている。幕末の開港前、この場所は「横浜新田」と呼ばれる水田(田んぼ)地帯だった。その後、街区が整備される際にあぜ道や排水路の向きがそのまま道路のベースとして引き継がれたため、周囲の近代的な碁盤の目との間に45度のギャップが生まれてしまったのだ。

東西南北の感覚が狂いやすいこの街で、西門と東門、北門と南門を結んだ十字のちょうど中心近くに、関帝廟は佇んでいる。

 

 

 

 ここからは案内の方の指示に従い、中国式の作法に倣って進めていく。本殿の手前にある5つの香炉へ順番にお線香を捧げていく。その最中、地元の方だろうか、神前に向かって熱心に、切実な思いを語りかけるように手を合わせている人の姿が目に留まった。

 

 その張り詰めた真剣な空気を感じた瞬間、ハッとした。ここは単なる賑やかな「観光地」ではない。今も人々の暮らしと祈りが息づく、神聖な「信仰の場」なのだと気付かされた。

 


 

 

 

このあと台湾唐揚げのを食べた。大きさケンチキよりデカイ。思ったより腹持ちが良かった。

 

 

 

お土産に台湾クッキーやごま団子を買いながら、ふとあることに気がついた。以前ここにあったはずの、本格的なコース料理を出す老舗の中華料理店がほとんど見当たらないのだ。その代わりに街を埋め尽くしているのは、どこもかしこも「食べ放題」の看板と、ファストフード感覚で気軽に立ち寄れるお店ばかりだった。 そんな移り変わりゆく街並みを眺めていると、目の前のお店から女性たちの話し声が聞こえてきた。彼女たちは中国語と日本語を器用に混ぜ合わせながら、近所のお店の人と楽しそうにおしゃべりをしている。 その言葉のちゃんぽんを聞きながら、観光地として形を変えながらも、この場所が彼女たちにとって地続きの「生活の場」であることを改めて実感した。

 

 

20260829来宮

伊豆急

まずは熱海から。なにかの記念かヘッドマークついてます。今回名物?のLED職人の電光表示はJRホームにありませんでした。

台湾メトロと友好協定とのこと。

台湾の飾り付けが。

乗り換えて来宮に。神社に。

神社の奥に進みます。

存在感が。「会いに来たのか」なんか言われたような気がした。

 

 

 

20260704越後湯沢

18きっぷの使い勝手が悪くなった少し早い夏の日、
大宮から新幹線。なんでって少しでもケチるため。

超短区間ですが到着。

なにやら地元のパン。とレアな飲み物。

町中へ。シーズンオフの早い時間なのでまばらです。

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そのあと貸し自転車で外湯。正解でした。アップダウン多い道。

源泉かけ流しのお湯でした。撮影控えましたが、休憩室の中、力士の手形がいっぱい並んでました。

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出来上がった人がお出迎え、ぽんしゅ舘でおみやげ。

帰りのホームにて、一瞬「はくたか」スノーラビットの

スノーラビットの幻影を見ました。何かの送り込み改装でしょうか。

 

ここからは行きと違い帰りは「普通」に乗車です。水上で途中下車

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あとは首都圏に乗り継ぎでした。

 

 

 

 

 

20260620江ノ島あじさい

撮影の間、奇跡的に晴れ間が広がりました。けど☂カサ何処かに忘れました。撮影中は雨に当たりませんでしたが、カサ買う破目に。トホホです。

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極楽寺↓

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長谷寺付近 ワンピースラッピングとあじさい↓

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嵐電ラッピング と えのん あじさい電車ラッピング↓

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雪雪雪からの 帰宅20261227

帰宅です

雪国体験旅行だった

会津鉄道から乗り換え。鉄道むすめとストーブ。乗換の待ち時間に駅の外へ。路線バス廃止というか統合のお知らせが貼ってあったり。

あれここも来たことあるけど。こんなになっちゃったのか、と。

特急に乗り換えたんですが、ここでもアクシデント

何ということでしょう僕の指定席に人が、それもアルコールが入ってゴキゲンモードであーりませんか。

どうする。

ない知恵集めて、直接でなく車掌さんに申し出。

チケットレスのスマホ画面見せて確認していただくと

席を変更していただきました

すたもんだでしたが、これもときが経てば思い出になるんでしょうね。

雪雪雪の 鶴ケ城20261227

宿はここでした ホテルタカコー

出発前、フロントで情報収集。バス停とか、時間前は外から見れるかとか。開館時間は天守閣は無理だが外からなら

道路は薄らと雪

https://takakoh.com/detail/1054/index.html

雪が降ったりやんだりの中お彫りが見えてきました。で雪がまた強くなりました。

内部の展示物は撮影禁止なので天守閣展望台から

雪雪雪の 夜 20251226

雪の中を彷いました。このためこのセクション文章写真殆ど無いです

よく風邪ひかなかったもんだと。初めての風の強い雪の夜。いやぁ人がいない。年末なのに人がいない。迷いつつ宿を確認して食事です。

観光案内所で聞いたお店に。アーケードが見えてくるまで広い道とは言え、なんか寂しいのなんの。

会津はソースカツが名物らしい。この店はもともと鰻なのだが、他の店の丼よりはチョッと高いが、カツ重のお店をセレクト。なんか丁寧な対応て恐縮だった。

人の途切れた商店街。BGMが鳴り響く。このあと宿へ。

雪雪雪の 会津若松 20261226

到着しても雪は容赦なく振り続ける。後で、地元の人は傘をささない。傘が効かないない風が吹いていた。地元の人と同じ格好と動作に変更。帽子と防水のブルゾンに変更。バスとかに乗るとき、パタパタと服を叩いて雪を落とす。

駅前の観光案内所で情報収集。テレビのバス旅ですかっ。なのですが、ネットでは得ることができない情報をゲット

とりあえず体温める 富士の湯へ

で

このあと会津城だったのですが、ゆっくり温まり、雪が強くなり鶴ケ城へのバスが渋滞にハマり、閉館時間にまにあいませんでしたぁぁ。